「気仙沼ニッティング物語」という技術本ではない編み物の本を読んで感じたこと

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編み物の関連本で、技術やデザイン以外の本をじっくり読んだのは初めてかもしれません。

気仙沼に産業として編み物を根付かせようと努力する過程を描いた「気仙沼ニッティング物語」という本を読み終わって感じたことを書いてみたいと思います。

以前何度かテレビで、気仙沼に手編みの会社を創った女性のことを報道した映像を見たことがあります。
ほかにも、気仙沼ニッティングを紹介したドキュメンタリーの番組を見た記憶も。

その時の印象は、手編みニットで採算の立つ会社を作れるのだろうか、と思ったこと。
日本のように人件費の高いところで手編みのニットを作ったら、相当高価なものになるはず、という、ちょっとネガティブな発想でした。

復興のための産業として考えても、前途は厳しいのではないかと想像してしまったんですね。

でも、本を読んでみて、まったく違う感銘を受けてしまいました。

著者の御手洗瑞子さんは、

「気仙沼で会社を始めようと思ったのは、震災後の気仙沼で働く人が、『誇り』を持てる仕事をつくりたかったからです。同時に、きちんと稼げる会社を生み出し、気仙沼の地で持続していく産業にしたい。」

と話します。
それがなぜ「編み物の会社」であったかというと、ひとつには生産に工場を必要としなかったから。

みんな糸を受け取って自宅で編む(生産)することができるので、いつでも、どこでも始められる産業として「編み物」を選んだんですね。

それでも、プロジェクトを立ち上げて会社組織にするまでには、大変な苦労があったと思います。
だって、編み手さんを発掘するのも一仕事ですから。

編み手さんを募集する前の段階で、ワークショップを開催して人材の開拓をしようとしたり、株主でもある(もともとのプロジェクトの発案者)糸井重里さんや、ニットデザイナーの三國万里子さんたちとアラン諸島まで視察に行ったり。

本の後半で、御手洗さんはこうも言います。

「よくお客さんを見ながら、編み手の人を見ながら、なにがこの会社の核となる価値になるのか考えながら、次に出す商品や、そのための組織づくりや、お客さんへの届け方を考えていく。

お客さんのことを考えると考えが右に行き、売り上げのことを考えると上に行きと、振り子はいろんな方向に振れるのだけど、そうやって何度も思考実験をしながら道筋を考えていくしかないだろう。

難しいと思える道ほど、歩いていて面白い。」

会社として初年度に黒字を出せたときの、編み手さんたちの喜びようがすごいのです!
「これで、肩で風を切って気仙沼を歩けます」、という言葉を聞いて、

「自分たちの仕事によって会社が利益を出し、地域に貢献している。そこまで含めてこそ働くことはよろこびであり、また「誇り」なのだと編み手さんたちから学んだのでした。」

御手洗さんは、会社を立ち上げてよかったと心から思ったそうです。

1つのプロジェクトから会社を立ち上げ、3人の編み手さんに会社としての製品第一号を編んでもらい、一人二人と若いスタッフが増えていくさまが、まるで種から植物を育てているようで、会社も成長していく「生き物」なんだと感じました。

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